寄生虫の珍種「新宿虫」

(朝目新聞 平成11年 6月9日)

 かねてから西新宿界隈で生息が噂され、しかし謎が多いために、ツチノコ同様「いないのではないか」と否定論さえ出た寄生虫「新宿虫」(正式名称:トリコボスナ・ツギハネーゾ)の研究が進んでいる。
 支部屋奈央子さん(松戸市在住)が異変に気づいたのは、ご主人の壱彦さんと西新宿へ買い物に行った翌日だった。靴がきつくて足が痛いのかと思い、ふと見ると両足の親指の付け根に青あざができていたという。さらに翌日は原因不明の痛みが足全体をおそった。西新宿界隈に通って10年になる壱彦さんは「これは新宿虫に冒されたのかもしれない」と心配になり、試しに奈央子さんに簡単な九九問題をさせてみたところ、回答するまでに0.58秒と普段の倍の時間が掛かったため、確信したという。
 新宿虫の真の恐ろしさは、肉体疲労や健忘症を誘発するばかりではない。
カニに寄生するフクロムシという海中生物がいる。フクロムシは産卵期にカニの体内に入り、生殖機能を破壊してから自分の卵を産み付ける。カニはフクロムシに運動神経を支配され、あたかもフクロムシの卵を自分の卵のように孵化するまで世話することになる。
 新宿虫はフクロムシに似た習性を持っている。新宿虫は足下から進入し、徐々に上に登り最終的に脳内に寄生するが、音楽ソフトの珍盤や廃盤を「自分が欲している」よう思いこませ、西新宿にお金を落とすようし向けているのだ。その場で商品を買わなくとも取り置き、予約をする事によって、快感物質ドーパミンを分泌させる。あとで「どうして買ってしまったんだろう?」と後悔しても、新宿に足を踏み込めば、新宿虫は活性化し、ランナーズ・ハイならぬ「バイヤーズ・ハイ」を求め再度レコード店を回り歩くことになる。普段から新宿虫によって進行している健忘症のために、一度買ったCDをまた買ってしまうこともあるという。
 この症状は長年続くと言われているが、新宿虫によって死亡者・発狂者がでているかは定かではない。しかし買い込んだLPやCDの保管場所に困り、マンションや家を買ってしまうというケースは少数だが報告されている。
 一度新宿虫に寄生された場合は、しばらく新宿に近づかずに安静にしている事が最善の対策である。なぜなら新宿大ガード付近に常時流れている宣伝アナウンスが新宿虫を活性化させることが、最近の研究で明らかになったのだ。新宿虫が人に寄生し、どんな利益を享受しているかはまだ謎だが、大ガードとの関連を深く掘り下げることによって解明されるのでは、と期待が寄せられている。一部では「西新宿の経済効果をねらったナノメカではないか?」という憶測も飛んでいる。

 新宿虫は肉体疲労気味の人間やストレスが溜まっている人間に寄生しやすいという。普段から王道の音楽を聴いて、自分のスタンスをしっかり持つことが大切である。


新宿虫とのつきあいが長い壱彦さんの話:

 普段の生活にはさほど影響がないのが特徴です。目立ったところに傷や痣が出るものではないので、自分も気づかないで過ごしていたのですが、周期的に一時的な健忘症になり、週末は自然に西新宿へ足が向いてしまうので、おかしいなとは思っていました。西新宿よりTorture Garden Weeklyというe-mailが怪電波によって私のところに配信され始めたここ数年は特に著しいです。これまで一度も欲しいと思わなかったCDやLPが無性に欲しくなってしまい、頻繁に通ってしまうことになりました。現地に行って実際欲しいものは無かったりする場合が多く、そのまま帰ってくればよいのですが、以前買ったことのあるモノでフォーマット違いが見つかったり、あるCDには「支部屋予約済」と書かれてあるような幻覚が見え始め、その瞬間一時的な記憶喪失に陥ることになります。ふと我にかえってみると、いつの間にかそのCDを買っていることになっているのです。帰宅してみると以前買ったものとまったく同じであったりすることが多々あったり...。
 これが数千万人に一人の割合に寄生する「新宿虫」だと気づいたのは実はつい最近のことです。「新宿虫」に詳しい山田五郎氏(仮名)に伺ってみたところ発病は20代で起こることが多く、初めは早朝の腓返り程度の症状なのが、多忙でストレスが今まで以上にかかってくる30代に寄生虫の活動は一気に盛んになり、寄生虫は脳内まで到達するようです。そこまで進展した場合は「札束握りしめ発作」が出て西新宿へ夢遊病患者のように行くようになるらしいです。一度寄生してしまった「新宿虫」は現代の医学では残念ながら退治する方法はなく、脳死までお付き合いするしかありません。いなくなったと思っても、それは水虫を引き起こす白癬菌同様、死んだふりをしているだけなのです。進行させないための唯一の方法として、同志を探してCDの貸し借りをする、「無人島に持っていくアルバム」「自分が死んだ場合に棺桶に入れるアルバム」を日々自分の家のライブラリーから選別して気を紛らわし、なるべく外に出ない、などの対処療法しかないとの事です。

新宿虫
 ここまで冷静に自分と新宿虫を観察できるようになったのは、苦しいフラッシュバックを味わってしまってからです。ボーナスが入った最初の週末、夢の中でメロトロンの音色が「ビシャ〜〜」と聞こえてきた瞬間、しばらく起こらなかった腓返りに苦しめられました。その日、妻が食材を買いに出かけた隙間を見計らうように、もう体内から去ったと思っていた新宿虫が急に暴れだし、記憶を失ってしまいました。我に返ると、西新宿で5キロにはなるであろうCDの入った紙袋を抱えていました。結局ボーナスの半分以上使ってしまい、妻にかかと落としを浴びせられたうえに、iMacを買わされる羽目になりました。ひどい目に遭いました。それからは「西新宿に行くときは「持っているものリストを持ち歩く」、「ライブ前に立ち寄るときはあまり歩き回る時間を作らないよう調整する」など自分なりの対応策を見つけ、何とかやっています。
 現在ユーゴ問題について世界が揺れ動いていますが、その話題が出るたびに「ビジェロ問題の解消が先決だ」と独り言をつぶやいてしまう時、自分の中の新宿虫を意識せざるを得ません。





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